ヌーカラ治療で好酸球が劇的に下がった!!

さて、好酸球性多発血管炎性肉芽種症の発症から、入院生活について書いている途中ですが…。2ヶ月の入院生活を思い出しながら順を追って書いているので、全く話が先に進まない という、苦い状況に陥ってしまいました。

入院中に血管炎で脆弱になっていた小腸に穴が空いて(小腸穿孔しょうちょうせんこう)大手術となったのですが、そこまでも辿り着けていない。

そうこうしているうちに、現在は2020年秋、退院して3年が経とうとしています。

これでは、私のブログに来てくれた人に、何も伝えられないままになってしまう。

このままでは、私の記憶も曖昧になり、そのとき起きたことや、感じた本当のことなど、新鮮な記事が書けなくなってしまう。

そこで、退院して約3年後の今現在から、まず書き始めて、過去に起こった事を遡って書き記していきたいと思います。(小腸に穴が空いた件については、また後日に詳細を書きます)

ヌーカラ治療で好酸球を減らし、脱ステロイドへ

先生から初めて「ヌーカラ治療」という言葉を聞いたのは、退院してから丸2年が過ぎた2019年12月の事だった。

私は当時ステロイド4ミリを毎朝飲んでいる状態で、好酸球の数値が381→301とほぼ横ばいだが僅かに下がっていた。この時先生から話があったのが、「ヌーカラ治療」だった。

「ヌーカラ、ですか?」全く初めて聞く名前だった。

喘息の治療などには使われていたが、EGPA(好酸球性多発血管炎性肉芽腫症)の治療に認可が通ったのは、2〜3年前とのこと。

この注射療法によって、血液中の好酸球を劇的に減らすことが出来るという。つまり、ステロイドの服薬量を減らすことが出来るというわけだ。

この時の先生の提案は、今回からのステロイドを4ミリ→3ミリに減らして、もし好酸球が上がるようなら次回以降ヌーカラ注射を打つというものだった。

さて、ステロイドを3ミリに減らして10日ほど経ったクリスマスの頃、左耳が塞がれるような感覚を覚えた。エレベーターとか、飛行機の離着陸の際になるような「ボッ」となる、あの感じだ。音は聞こえるものの、水の中にいるようで気持ちが悪い。1時間ほど、その状態が続いた。実はこの症状、EGPAを発症する1〜2年前にも起こっていたのだ。その時は数日〜1、2週間ほども続いただろうか。

年が明け2020年1月、今度は手の甲にかゆみが出て、赤く腫れた。ステロイドの塗り薬で治まったが、調子が良くないなと感じていた。

ステロイド1ミリの壁

その月の診察。血液検査の結果は好酸球が301→525と劇的に増えていた。

やはり、ステロイドを4ミリから3ミリに減らした事で、好酸球の増加が抑えられなくなったのか…。

この時、先生はご自身もアレルギー体質で倍近く出る事もあるよ、と言いつつも、好酸球が500を超えたという事で、3つの選択肢を提案して来た。

①ステロイドを4ミリに戻す

②ステロイド3ミリ続行で様子見

③ヌーカラ注射を一本打って、好酸球をいったん減らし、ステロイド3ミリ続行

私の選択は、迷わず③だった。

そして、30分後には、第一回目のヌーカラ注射を打ってもらう事となった。

ヌーカラを100ミリ、1本、左二の腕から注入。

本来は別の部位からも含めて計3本打つそうだが、私の場合は比較的寛解状態にあったためか、先生的には3本は打ちたくないとの事だった。

注射針の痛みをチクっと感じた後、100ミリのヌーカラがゆっくりと注入されていく。

「耐えられそうですか?」看護師さんが心配そうに聞かれた。「人によって、痛みの感じ方が違うので…」確かに、接種時間が長い。採血くらいの長さ(数十秒)はあっただろうか。ただ大量の薬液が押し込まれる時の感覚はあったが、私にはインフルエンザ予防接種ほどの痛みにも感じられなかった。看護師さん自身は、ヌーカラ注射を受けた経験はないだろうから、分からないのも当然だ。

こうして比較的あっさりとヌーカラ注射を初体験し、ステロイドは3ミリ続行のまま次の1ヶ月を過ごした。

たった一回のヌーカラ注射で…

さて、次の診察は2020年のバレンタインだった。

この1ヶ月は日光に当たると手のひらや手の甲に赤い発疹が出るなど、ちょっとした過敏症状、後半は疲れやすさや息苦しさを感じる事もあった。また、引き続きの便秘気味で、全くのうさぎのフンであったから、一度やめていた酸化マグネシウムをまたもらおうと思っていた。

診察室に入ると、先生がいつになく機嫌良く、声も明るい。血液検査の結果は、好酸球が525→49と、劇的に下がっていた!

それに伴い、ステロイドの量もさらに下げるという。

「ええっ、さらに1ミリ、もうこの段階で下げるんですか?」さすがに驚いた。

すると先生は、「好酸球が下がっているのに、ステロイドを余分に飲んでもしょうがない、3ミリ→2ミリにしよう」と弾んだ声で言った。

ヌーカラ注射をたった一本打っただけで、増えそうだったステロイドの量が、こんなに短期間に減らせるとは。新しい治療法に戸惑いつつも、静かな興奮を覚えていた。

そして、診察の後、2回目のヌーカラ注射を注入した。

ここから脱ステロイドへのヌーカラ快進撃が始まるのであった。

足のしびれは治るのか?

伝え聞いた、私と同じ病気の方の悩み

まだ入院記事を書いている途中ですが、このことを先に書きたいと思いました。

退院から1年と3ヶ月が過ぎた、3月の膠原病内科での診察にて。

珍しく、先生の方から質問がありました。「関係ないことで悪いんだけど…」と前置きして、

「ほうじ茶ラテさんさぁ、その後、足のしびれってどう?」

私と同じ病気の患者さんがいらして、その方が、足のしびれが治るのか、治らないのかを非常に不安に思っていらっしゃるとのこと。

それで、同じ病気である私の経過がどうなったのか知りたいとのことでした。

私と同じ病気の方がいた!!

間接的にでも、全く同じ病気の方と接触したのはこれが初めてで、非常に新鮮な驚きと親近感を覚えました。

私は、少しでもお役に立てたら!!という思いで、

退院後、寒い時期に一時的に足のしびれが強くなって、少し歩行に影響が出た(左足に力が入らないので歩きにくい)ことはあったが、今(3月)ではほとんど気にならないこと、筋力もついて、歩行にも日常生活にも影響がないことを、思いつく限りの言葉で伝えました。

「ごめんね、関係ないこと聞いちゃって」と先生が言うので、とんでもない!!お役に立てたら嬉しいです。と答えました。

しびれが治るのか、不安な方も沢山いらっしゃるはず。私自身がそうだったんです。以前の記事で、強いしびれが突然出たことを書き、その後の経緯まで書ききれていないことをもどかしく思い、もしも読んでくれている人があれば早く書かなくては…、と思った出来事でした。 私の経過を話すことで、一人でも多くの方が希望を持つことができたら…。

私のしびれの経緯

2017年10月16日の夜、それまでずっと半量にされていたステロイドの量をもとに戻してもらい、ホッとしたのもつかの間、強い痺れが左足の膝裏〜足裏にかけて起こったのでした。

痺れが起こった原因については、先生たちからはハッキリとした答えはありません。病気と関係あるかも分からない、とも言われました。しかし、自分の自覚症状ハッキリと「ステロイドが足りなかったことに起因している」と思っています。

入院中の、しびれの経緯


最初にしびれが出てから10日後の、10月26日に帰国し、28日に入院しました。

入院中は、下記の部位に痺れが出ていました。

左手の小指と薬指にかけての筋と、

左足の膝の外側から小指と薬指にかけての筋

そして2週間後、血管炎でもろくなった臓器の弊害が小腸に及び、穴があいてしまいます(小腸穿孔)

本当に入院中で良かったと思います。

緊急手術になりますが、その時は足のしびれが強く出ていたことを覚えています。足の裏までぼわーっとして、あまり感覚がありませんでした。

そのため、慎重な措置がとられ、手術後の麻酔も、ベースは強いものでは無く痛みが強い時にのみ臨機応変に使うタイプにしたのです。

ガンマグロブリン(免疫グロブリン)のしびれへの効果

手術後数日して、点滴によるガンマグロブリンの大量投与が5日間行われました。しびれにも効果があるかもしれないというお話でした。

そのガンマグロブリン点滴後に、まず左手に常に出ていた痺れがなくなりました。

その後、左手のしびれは完全に消え去りました。左足の筋のしびれは残っていましたが、だいぶ緩和されて、さほど気にならなくなっていました。

しかし退院後に、寒い時期だったからか一時的にしびれが強くなり、歩きにくい(片側に力が入らない)時期もありました。そこで、先生に相談すると、2回目のガンマグロブリン点滴を受けることになりました。退院後、3ヶ月ほどのことでした。

そして、その2回目のガンマグロブリン後から、足の痺れが徐々に気にならなくなって行きました。

なので、私個人の自覚症状としては、ガンマグロブリンの点滴は、しびれに効果があるものだと言えると思います。

その他、メチコバールのしびれへの効果など

しびれについては、入院中に整形外科を紹介されて相談したこともあります。

その時も、原因と病気との関連性は分からず、3ヶ月限定でメチコバール(ビタミンB 12)を処方されましたが、治る、治らないについては先生たちも懐疑的と言うか、「なんとも言えない」と言う立場だったのです。「もし、効果があったら教えてください」と言われました。

3ヶ月メチコバールを飲み続け、その間に、しびれが強くなった時期もあったので、目に見える効果はなかったと言えます。

しかし、その後ビトンハイを飲んだ時に調子が良く感じた時もあったので、その時の症状の強さやタイミングにもよりますが、ビタミンEやビタミンB群を摂ることは、決して無意味ではないのだと思います。

ちなみに、今現在のしびれの程度は、歩行に全く問題がなく、普段は気にならない程度。生理中や、更年期障害などで調子が悪いと、しびれの症状が一時的に強く出ることもあります。

しびれについては、また追って後述したいと思います!

私と同じ病気の方が、さらにもう一人!!

3月の診察で、先生にしびれの経緯を聞かれた翌月のこと。

私はその時、シンガポールにいました。ついにダンナが現地採用の仕事を辞め、シンガポールを撤退することになったのです。

バタバタの中、一息つくと、メールの着信音。見ると、日本に本帰国し、地元で訪問看護師をしているIちゃんからではないですか。

それは長いメールでした。今日、訪問した方が、私と同じ病気だったのでびっくりした、と…

好酸球性多発血管炎性肉芽腫症は、日本で、年間100人?と言われる珍しい病気なので、こちらもびっくり!

Iちゃんによるとその方は、

⭐︎好酸球の数値は問題ないけど、私のように元気ではない。(実はその2ヶ月前に、東京に研修に来たIちゃんと再会していました。思ったよりも私のムーンフェイスもひいていたようで、驚いていました)

⭐︎ステロイド(プレドニゾロン)は7ミリでずっと飲んでいるが、足の紫斑もいくつかあって、むくみもある、と。

地方なので、専門医にきちんと診てもらえてないのでは…どうしたらいいのか…と、看護師として仕事の枠を超えて心配していました。

まず、ステロイドをずっと7ミリで飲んでいることが不安なようで、薬の減量について教えて欲しいと言われました。あと、私はステロイド以外にもう一つ薬を飲んでいたと思うが、それは何かと聞かれました。

また、私の足の紫斑やむくみがまだあるかどうか?も気になるようでした。

私自身も、その半年前に花粉の影響か、一時的に好酸球が増加(200超え)し、ステロイド7ミリまでが減量の限界値と言われていました。しかし、その後また好酸球が減少して、

結果的には5ミリまで減らせていること、

②ステロイドと併用して飲んでいる薬は、免疫抑制剤のアザニン50ミリを朝1錠飲んでいると伝えました。

また、

③入院中と退院後の定期入院で、ガンマグロブリン(免疫グロブリン)の点滴を5日間、ステロイドパルス(点滴によるステロイドの大量投与)3日間、エンドキサンパルス(免疫抑制剤の点滴を6回)を受けてきたことも改めて伝えました。

今これを書いている現在、ステロイドは4ミリにまで減っています。

ステロイドを、どのようにして、どのくらいの量を、どのタイミングで減らしてきたかについては、また改めて、追って書いていきたいと思います。

実は多くの患者さんが!?好酸球性多発血管炎性肉芽種症

その後、通院の報告メールをすると、Iちゃんから返信で

「今日もまた、ほうじ茶ラテさんと同じ病気の方にお会いしました。私の中ではもう、珍しい病気ではなくなりました」

とありました。

伝え聞く、私と同じ病気の方々。たくさんの方が同じ病気と闘っていて、それぞれに症状の出方も違う。

何より、先生方だって、同じ病気にはかかっていないので、自分の自覚症状(痛みやしびれ、いつもと違うなど)がとても大事になってくる場合がある。

医療については素人かもしれないけど、自分のかかった、この病気について、患者の視点で伝えられることを伝えられる限り伝えたい。

時系列に順序立ててまとめあげられないことがもどかしく、時には心が折れてしまいそうになりますが、そんな思いでブログを書いています。

脳CT、マンモグラフィ、筋電図検査などなど検査三昧の日々


入院したのが土曜日。週明けから、他に潜んでいる病気の可能性を潰していくために、レントゲンや心電図、体の部位のCT、脳CT、呼吸器検査、眼科検診、聴力検査、筋電図検査、などなど、検査が続きました。

どれも異常なし。

特に、脳CTに所見がなかったのは、心底ホッとしました

婦人科検診もします。マンモグラフィも、初めて受けました。

これも異常なし。

異常がなくて良かったのですが、マンモグラフィの、ショボい胸のシルエット画像を見て、テンションが下がりましたね…(笑)

先生に、画像を見ながら「ほうじ茶ラテさんはさぁ、なんでこの検査を受けたの?」と聞かれ、戸惑うわたし。「いま膠原病内科に入院中で、他の病気の可能性がないかどうか、色々検査を受けているんです…」「ふーん。」

大きな病院では、自分で、イチから根気よく、説明していく気概がないと、入院生活は乗り切れないんだなぁと、だんだん分かってきました。

呼吸器検査は、アスリート気分?

「ハイ!吸って吸って吸って〜〜頑張れ頑張れ〜〜!!」

先生自ら胸を反らせ、全身全霊で応援してくださる呼吸器検査。ちょっと圧倒されそうになりますが、ベストの肺活量の数値が出るまで全力を出さなければなりません

ちょっとアスリートになった気分(笑)

呼吸器検査は数ある検査の中でも時間を要し、体力もいるので結構大変。

しかし、「頑張りましたネ!キレイな山のカタチのグラフが出来ましたよ〜〜」などと褒めて頂き、達成感も感じます

ちなみにその時の数値では、あとで膠原病内科の先生に、

「ぜんっぜん、問題ないですね。むしろ普通よりも良いくらい(笑)」と、言われました。

ちなみに、私は入院前から気管支喘息の予防として、シムビコートという吸入器を継続的に使っていたのです。入院中もシムビコートは使っていましたが、退院前に膠原病内科の先生の指示で試験的にやめて、再検査した時には数値が若干、落ちてしまいました。なので、シムビコートはいまでも朝晩、使っています。

筋電図検査、正直これはキツイ…(笑)

入院時の症状として、以下の部位に痺れがありました

①左足の膝の外側から、薬指と小指にかけての筋

②左腕のひじから薬指と小指にかけての筋

これらの部位に、針状の電極を筋肉に刺して、筋肉や神経に異常の原因があるか調べる筋電図検査というのを受けました。刺した針をテープで押さえ、バチバチッという電気ショックのような痛みがあります。バチっ、という一回あたりの痛み自体は、爪で強めに弾かれる程度なのですが、いやぁこれが思った以上にキツい…。

まずは手。

16連続、行きまーす。」

バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ。

うう…。

敏感な部位だけに痛い…。でも、これで何かが分かるのなら、耐えなくては。

「あれ?うーん、テープが剥がれてたかな?(貼り直す)もう一回行きまーす。」

ええ〜〜…(心の叫び)

バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ。

これを左の手と足、複数カ所に繰り返し行います。痛みそのものは耐えられる程度でも、痛みを繰り返されると相当なストレスになるのだなと思いました。

だんだん、取り繕えなくなり、苦痛をあらわに顔に出していたと思います。

でも、手よりは足の方が、ずっとマシに感じられました。なので「私は今、マッサージか何かを受けていて、気持ちいいのだ」と思うようにしました。痺れが強く出ていたから神経が鈍感になっていたのかもしれません。

時間はせいぜい30分〜40分ほどだったでしょうか。でも、部屋に戻る頃にはゲッソリ、グッタリでした。

序盤の検査群の中で、私にとって一番キツかったのは間違いなくこの筋電図検査だったと思います。